平成エレベーターガール物語

買い物帰りに友達と乗った大型エレベーターがガラガラで二人っきりだったので。
私たちは、はしゃいだ。


『ちょっとちょっと、ノリ子あれやらない?』

『でたー!エレベーターガールごっこ?』

『やるっきゃないっしょ?人生にそうそうないよ、こんなシチュエーション』

『じゃあ、あたしエレベーターガールやる』

『ずりぃーノリ子!じゃあ私、新米エレベーターガール・ノリ子を後ろから痴漢する男役!』

『加藤へべぇー!子供にはさせらんない遊びだなぁー』

ポーン・・2階でドアが開いた。

『あれ・・?誰もいねぇ。誰だよ、押したの。ピンポンダッシュかよ』

『あ、丁度良いじゃん、ノリ子出番だよ』

『OK!・・えっと、右手に見えますのは・・』

『それ違わねぇー?』

『間違った。えーっと、2階でございマース。2階は紳士服、眼鏡売り場・・』

『何それ!サザエっぽくなっちゃってるけど!』

『うっさいなー、外野。降ろすよ?紳士服売り場で』

『何ソレ?彼氏いない私への挑戦?』

『はい、ドア閉まりマース』

『・・駅員じゃん。・・・あ、ノリ子っ!人っ!』

アタシ達の馬鹿なエレベーターに急いで乗り込もうとする人が、いた。

閉まりかけのドアからでも輝いて見える、ニシキゴイのようなYシャツ。
光る金の首飾り。
メットのように鋼鉄なオールバック。

アタシ達は瞬時に悟った。

(ヤクザだ。)
    (ヤクザだ。)

その時、ノリ子はコンマが付くような動きでボタンを押した。
ノリ子(新米エレベーターガール役)は体育の成績はいつも2だったが、今までにないすげぇ機敏な動きで対応してた。
長い付き合いの私が初めて見るような素早い動きで、エレベーターのドアが閉まらないようにボタンを押してた。

でかしたっ!さすがエレベーターガール(役)!

って、ノリ子の指をよく見て、あーっ!

『閉』めちゃってるーっ!

この子ーっ!(新米)



やくざ、はさまちゃってました。



『あたしたち結構むかしはワルだったよ』
私も、ノリ子も、そんなことを地元ではよく言ってたけど、
それは授業中の私語が多くて立たされたり、
風邪とか嘘付いて、一日中NHK教育を見ていたり、
そういったレベルで、

そんなアタシ達にとって
やくざがエレベーターのドアに挟まれてる映像って言ったら!
鼻血が出そうなくらい衝撃映像(ある意味モロ出し)。

それが、今まさに、半径1メートル内。

ノリ子なんて、もう口きけなくなっちゃってる。
かわりに私が謝っちゃったからね。

ヤクザはスーツの襟を正すと、無言でエレベーターに乗り込んできた。
そしてすげぇ形相で私たちの背後に立った。
ドアが閉まった時、アタシ達は思った。

(降りれば良かった・・・。)
(紳士服売り場だろうと、オモチャ売り場だろうと、降りれば良かった・・。)

次にドアが開いた時、私たちは生きてないかも知れない。
頭の中で仁義なき戦いのテーマが流れている。
最初のとこだけ、すごくリフレインされている。

『何階・・ですか・・・?』

名誉挽回とまでにノリ子が聞いた。

すげーノリ子!やくざと会話する気だ!
さすがエレベーターガール根性!
良かったー、あたし、痴漢役で。


『・・ン階』


ヤクザが答えた。

オーケーオーケー

えっと、と・・・

ごめん・・・全然聞き取れなかった・・・。


ノリ子は・・・?


私はノリ子の方を見た。

あ、ダメっぽい・・・。

白目剥いてる。

人差し指がETっぽくなっちゃってる。

ノリ子はゼンマイ仕掛けのような動きで私を見た。

目が『何階・・・?』って問いかけてる。

目、そらしちゃおっかなぁー・・・。

でも・・・

共に歩んできたノリ子との日々が走馬燈のように駆けめぐる。
いじめられてる私をかばってくれた日もあったっけ・・。

私はノリ子の腕を引っ張ると、場所をチェンジし、コントロールパネルの前に立った。

見てなさい、新人!これが真のエレベーターガールよ!
私の心の声に、ノリ子は涙目で何度も頷いた。

私は意を決して、つとめて冷静に言った。

『何階ですか?』

かっけー!
できる女っぽい声でたー!
ちらっとヤクザを振り返りさえしながら。


『・・・ん階。』


・・・・。
それさっきも聞いたし。

そして、もー振りかえんなきゃ良かった・・・。

だってさー振り返ったらさーヤクザ思いっきり懐に手つっこんでんだもーん。
思わずチャカ出るかと思ってさー
そっちに神経いっちゃってさー


全然聞き取れなかったっ!!!


そんなに暑くもないのに、変な汗出てきた。
微妙に酸欠になってきた。

藁をもすがる気持ちで、私はノリ子を見た。

(何階って言った・・?)目で訴えると
ノリ子は懐に手を突っ込んで
(あれにはびびったね!)なんて間違ったジェスチャーを笑顔でしてくる。

でも、すぐに私の顔面の蒼白さ加減に、ノリ子も表情を変えた。

多分、化粧とか全部落ちてたと思う。

(聞いてなかったの・・?)

(懐に夢中だった・・ノリ子は・・?)

(・・いや、もう・・お役目御免かと思って・・)

私の人差し指も、ついにETになった。

3階から7階まで。

いわば5択!

何階?何階だろう・・?

私は焦る心で必死にさっきのヤクザのイントネーションを頭の中で反芻した。

なにか!何かあるはずだ!手がかりがっ!じっちゃんの名にかけて!


・・ん階。


たしかヤクザはそう言った。
3階から7階までで「ん」の付く階は3(さん)階と4(よん)階だけだ!

2択!

どっちだ・・どっちだ・・ど・・・

『早くしろっ!!』(byやくざ)

静寂を切り裂くような、お声。
本当に飛び上がるかと思ったし、ちょっと心臓も止まりました。
びくっとしたノリ子なんて買い物袋落としたし、びくっとした私なんて思わず壁にぶつかりました。

引きつった顔で、泣きそうになりながら体制を立て直してビックリ。
コントロールパネル、全階点灯。

思いっきりボタンにぶつかっちゃってたのねー。
有り得ない事態が発生しちゃったのねー。

(ノリ子・・・)目で訴える。

ノリ子はプルプルと首を振る。

全部ついちゃってる。
何度見ても全部ついちゃってる。
全部の階、止まる宣言しちゃってる。
ヤクザが結構上の階まで行くとしたら、これ、結構やばいんじゃないかなー。

さっきから結構、靴カツカツいってるんだよねー。どうやらお急ぎのトコっぽいんだよねー。

しかも次の階でうちらが逃げるようにエレベーターを出たとしたら、今は私の体で隠れてる、このパネルが公(おおやけ)になっちゃうんだよねー。

事切れて死んだ魚みたいな目になっちゃってるこの子(体育2)を連れて、逃げ切れる自信が全然ないんだよねー。

ぽーん・・・・

あ・・・

3階・・・

ドアが開く。

誰もいない・・・。

やくざも降りない。

ドアが閉まる。

・・・・・シーン・・・・

気まずい・・・。

たった一階だけでこの長さ・・・。

これが、まだまだ序章・・・。

ポーン・・・。

4階・・・・。

願いむなしく、誰もいない・・・。

ドアが閉まる。

やくざ、ちょっと異変に気付いちゃったっぽい。

背後で動く気配がする。

一歩前に出たくさい・・・。

ノリ子が私にギュッと掴まる。

レストランは一番上。

アタシ達は降りられない。

ポーン・・・

5階オモチャ売り場のドアが開く。

やっぱ誰もいない・・・。

やくざが一歩迫り、口を開こうとする。

アタシはもう必死に『閉』を押した。

少しでもロスの時間を短くしようと。

体育5の腕前で俊敏に押した。


『降ります』


やくざが言った。


ン階は5階だった。
謎が解けると共に、やくざ、帰りも挟まってました。