その弟、ダンディーにつき。

弟がダンディズムを意識し始めてる。

弟がダンディーになるっていうのは、姉として、一番避けたい。
ファンファン大佐みたいな弟、絶対やだ。
中尾彰みたいな弟、絶対可愛がれない。


で、そんな弟いわく、ダンディズムの極限は「海」らしい。
ダンディー

海っつーか、ちょっと海原(うなばら)って言ってた。
ダンディー海原。

興味なさげなふりしたけど、それから私は心の中で、
弟のことを「ダンディー海原」って呼んでる。


で、ダンディー海原 いわく、
そこに竿一本で斬り込んで行くのが超ダンディーなんだって。

そのダンディー、路線 大丈夫?


そんなわけで、それからというもの彼はコトあれば
「海釣り」「海釣り」言ってた。

そんなダンディー海原に手をやいた母が、
「あんた、ちょっと連れてってあげなさいよ」
って言い出したのが、先々週の日曜。

「絶対やだ」

つったはずなんですけど、気付いたら野尻湖にいました。

あんた彼氏もいないんだから、とか、実家にばっかり入り浸って、とか、もうパソコン使わせないわよ、とか散々言われまして。泣くかと思った。


で、一方、ダンディー海原 は嬉々としちゃって、何か変なライフジャケットみたいなの着ちゃって、クーラーボックス肩から下げて、
完全に「釣るぞ!」みたいな感じなんです。

いや、釣るぞっつーか、釣れるぞ!みたいな。
今日は釣れるぞ!みたいな。


でもね、でもね、なんかね、全部ね、やたらピカピカしてんの。
シミ一つ、付いてないの。

「あれ・・・?つーかねぇ、あんたさー、それ、おニュー?」

したら、ダンディー海原、親指立ててグー!なんつって、

全然グーじゃねぇ!

「ちょっと、あんたもしかして、釣り初めて?!」

ダンディー、うなづいてる。

全然、悪びれてない。
曇り一つない目をしてる。

「ちょ、ちょっと!じゃあ、誰が教えるのよ!」

つったら、

「え、姉ちゃん、前すげぇ釣り上手いやつと付き合ってなかったっけ?
 釣り、教えてもらったって言ってたじゃん。」

って、それいつの話———————?!
っつーか、いつ ついた嘘の話———————っ!


そう、私には昔、釣り好きの彼氏がいたって設定だった。
彼の釣り好きっぷりを家族に面白おかしく話したこともあった。

全部、友達の彼氏の話だった。

年頃の娘の私生活を危ぶむ両親を安心させるために
ついた嘘だった。

それを、今頃・・・・っ!


ダンディー海原は準備万端で、「次はどうするの?」みたいな目で見つめてくる。
姉への期待に満ち溢れてる。


「ふ・・っ、船よ!・・そう!船を借りるの!」

搾り出した。

弟も、お!みたいな顔になり、二人でボートを借りに行った。


さすが野尻湖、レンタルボートたくさんあった。

どれ借りるーどれ借りるー?ダンディー船長ー!
なんつって、はしゃいだのも つかの間、

弟が心なしか不安げな顔をし始めたので、

「大丈夫、あたし金に糸目はつけないよ!」
なんつってウインクしたら、

レンタルのパンフを指差しながら、

「これも、これも、これも、
 釣り用の船にはエンジン、ついてる」

「おーついてる!ついてる!確実についてる!」

「姉ちゃん、運転できんの?」

「え・・・?」

運転・・・。

8年前、仮免まで行ったきり、さっぱり音沙汰の消えた
私に聞いちゃった?
教習所行ってなかったのバレて、どんだけ両親の雷落ちたか、
あんた見てたよね?

そんな私が、船舶とかに、手広げてると、…思います?

「おめぇ、持ってないの?」聞いてみた。

「原付なら」とダンディー海原。

無免姉弟


「ねぇ・・、手漕ぎは・・?」提案してみた。
一個くらい、あるんじゃない?手漕ぎボート。
スローライフを楽しむ初老世代のニーズに応えたようなやつ。

聞いてみて!
ダンディー海原、店員さんに聞いてみて!



なかった。



釣り用の手漕ぎなんて、無かった。
発想すら無かった。
店員さんポカンだった。

最終的に
「ここは釣り用のレンタルボートで、
 普通のボート乗り場はあちらになっておりますけど」
みたいな感じだった。

もう一声!
うちの、ダンディーを見てあげてー!よく見てあげてー!
緑のライフジャケットよく見てあげてー!
完全に釣る気だよ!釣る気マンマンだよ!
金槌だから着てるわけじゃないよー。

ってオーラを弟の後方からかなり出したんですけど、
ダメでした。

しょんぼりダンディー


あまりに彼がガッカリしてんので、
じゃあせめて手漕ぎボートくらい乗ってくかー
って励まして、ボート乗ったんですけど、

ゲートで係員に「このボートは釣り禁止ですからね」なんて釘刺されて、弟、二度しょんぼり。


さすがに可哀そうになって、物陰まで必死に漕いでって

「おめぇ、ここで、ちょっと糸たらしちゃえ!」って言った。

「え?やばいよ、姉ちゃん」

「いいから!あたし、見張ってっから」

「え、え、でも、どうやんの?」

「いいから、チャチャって振ればいいんだよ。
 みんなよくやってんじゃん。手首でさ!」

つって、必死に見張りながら、木の死角になる辺に漕いでったんだけど、

弟が「やべーやべー、かかった!」とか言ってっから、
見ると、竿がすげぇしなってる。
ここまでしなるかっつーくらい、しなってた。

すげー天才がいる!

釣りキチ三平がいる!


でも、なんか、弟が竿を引くと、なぜか隣の木がバサッて言うの。

引くと、バサッ。
引くと、バサッ。

完全にかかってる。
つーか、引っかかってる。

「姉ちゃん!木に引っかかってる!」

「知ってる!外しなよ!」

「どうやって?!」

どうやって、て、何かこう上手いこと引っ張るしかないでしょ!

っつーか、あれ?あのボート、すげぇ一直線にこっち向かってくる。
わー、心なしかスピーカーマイク持ってる。


「釣り禁止です——————!!ぴ——————!!」


みたいな。
完全に野尻湖の注目株です。

で、まぁ、ボートを縄みたいので繋がれまして、連行されました。

いやー、あくまで「救助されてる」オーラを必死に出したんですけど、
ダンディー海原のライフジャケットが、
コトの他 野尻湖に映えちゃって映えちゃって、
「退場」ムードを拭えませんでした。



もうね、こうなったら姉として、なんとしても釣らせてあげたい。
思う存分、この子をダンディらせたい。
って思って、海釣りに行ったのが先週の日曜。


友達に「海釣りなら「浮島」がいいよ」って言われて、
浮島なら 絶対だよ。
浮島なら かたいよ。
浮島サイコー!
って言われて、行きました。浮島。ダンディー海原と。


いやー、確かに浮島すげぇ。
魚とか めっちゃいた。
肉眼で見えまくり。見えすぎ。丸見え。
浮島サイコー!浮島ワンダフォー!


でもなー、忘れてたなあ。
あたしたち姉弟が、大の乗り物酔い王だってこと。

いやー、浮島に向かう船に乗って気付いた。
荒波の手痛い歓迎に、完全に口数激減。

「浮島までガンバ・・・」

「浮島にさえ着けば・・・」

を合言葉に互いを励ましあってきた。


甘かった。

浮島が、浮いてるっつーこと、すっかり忘れてた。


水平線がね1〜2メートル、余裕で上下してる。

「じゃあ、二時間後に迎えに来まーす」って船は帰っていった。


ベテランたちは、余裕でセッティングして、針に餌付けして、
「キター!」とか
「でかいぞ!」とか
釣りを思う存分楽しんでる。

かたや、私、リュックも下ろせず、体育座り。

せめて・・弟・・だけでも・・・。

って横を見たら、ダンディー海原、吐いてた。


ダンディーのそのゲロに、めっちゃ魚、来てる。

ピチャピチャ飛び跳ねてる。
今なら、素手で取れる。


それから二時間、船が迎えにくるまで、交互に思う存分、吐いた。

途中、弟が、横たわって吐きながらも、必死に糸にルアーをつけようとしてた。

そのゲロにも、めっちゃ魚、群がってる。

ルアー・・多分・・いらない・・。



そうして結局、一度も糸をたらすことなく、
私たちは浮島をあとにした。

でも私たちの甲斐あってか、浮島は大漁だった。

それだけが、私たちの心の支えだったのに、
帰りの船で後ろのカップルが

「釣った魚・・食べんのやめない?」

つってた。



そんなこんなで、懲りた弟は、とりあえずダンディー海原を卒業した。


で、そんな弟いわく、これからは「山」らしい。
ダンディー

山っつーか、ちょっと山岳(さんがく)って言った。
ダンディー山岳のダンディー登山。


もう、おめぇ、チョビヒゲつけて寝とけ。

って思った。