分け入っても分け入っても母

お母さんとサーカスを見に行ったんですけど、
途中くらいから、サーカスを見てるのかお母さんを見てるのか、
わからなくなったので報告します。


うちの家族は割合みなビクビクとしながら暮らしてる小心者一家なのですが、
なぜか、お母さんだけが、割と伸び伸びと暮らしています。

お風呂からは、まず全裸で出てきます。

うちのお風呂は冷蔵庫すぐ10センチ横にあるという、
割と大胆な設計をされてまして、
少し遅めのディナーには、もれなく母のヌードが伴います。

1人でラーメンを食べてると、
ザバーンつって裸で上がってきた湯上りの母に
「あれ、あんたいつ帰って来たの?」
って聞かれるか、
「じゃあ、母さん今から風呂入るか」
という尻を見送るか、二つに一つです。

あと、うちのトイレはドアの立付けが悪いという
トイレのドアとしては死活問題じゃないの?っつー設計で、
ドアが閉まりません。

閉まらないどころか、自然と開いてしまうというオープンマインド。

で、まぁうちでは音姫が欠かせなく、
音姫によって周囲2〜3メートルの他者の侵入を防いでるわけですが、

お母さんだけは、いつも果敢に飛び込んできちゃいます。

しかも

「ちょっと、あんた今、何してんの?!」って言われて

「は?何言ってんの?トイレしてんだよ」って言って

「違う違う、どっちしてんの?」って聞かれて

「は?何、どっちって?」つって

「だーかーら、うんこ?おしっこ?」って言われて

「え・・うんこ・・だけど」つったら

「ちょちょちょ!じゃあ、変わって!
 母さん、おしっこだから!」って

トイレの最中にチェンジを求められたりする。

いやいやいや、と。
その選手交代はない、と。

確かにね、私がしてるのはうんこで間違いないですけど、
前半、後半にわけて、うんこしたくない、と。
しかも、そのハーフタイムにお母さんのオシッコを入れたくない、と。

断ったんだけど、ダメだったぁー。
すげぇ見てくんだもん。
そんな見られてたら、実力の半分も出せない。


で、まぁ、そこからの流れでサーカスの話なんですけど。

行ったんです、サーカスに。

サーカスっていうのは、まぁ、見るものですよね。
視聴するものです。
間違っても参加することに意義があるみたいなものじゃないんです。

私はね、サーカスの世界に引き込まれたかったの。
でもねー、完全にお母さんの世界に巻き込まれつつあったなー。


まず、最初、舞台が始まる前に、ショーの出演者たちが、
お客の近くの通路を通りながら、
客にアクションしたり、握手したり、演技したりしながら、
劇場の雰囲気をあっためていくんですけど、

なんつーかな、お母さんはもうね最初っから あったまってたよね。

で、何の因果か、完全に通路側だった私たちの席は、
もう、私たちの前を通らずして、舞台に行けない感じになっていまして、

私なんて、外人怖いし、そもそもリアクションを求められたりって苦手で、
どうか、私に気が付かず、私のことは気に留めず通り過ぎて欲しいと願うばかりなんですが、

その横で、母は全員に握手を求めていたよね。

あれ?ちょっと、うちのお母さん、握手会してない?っつーくらい、してた。

あと、まあ、軽く肩たたいたりして、励ましてた。
「大丈夫だから!」つってた。
たまに「できるよ!」とか言ってた。

できるよ!って、
できっから、サーカス出てんだよ。
一か八かじゃ、やだよ。


で、まぁショーがね、始まって、私もそこは興奮して、
手とかね、叩いた。精一杯。

したら、横からピュィイィみたいなの聞こえてくっから。
見たら、お母さん、指笛吹いてた。
そんなのできんの?
初めて知った。

って思ったら、指笛はその横の男の人がやってて、
お母さんは、見よう見まねで真似してた。
思いっきりフゥゥゥゥゥウーつってた。息が。

それ、多分、すぐにはマスターできないよ。

しかも、すげぇフウフウやってっから、横の男の人に完全に警戒されちゃってるよ。

「ちょ・・ちょっとお母さん」
って咎めると、

「ねえ、これって、どこに息を吹いて音だしてるのー?」
って、もう夢中なので、

「もう、いいじゃん。指笛は他の人に任せなよ。
 すぐは、できないよ。
 できるもんなら、今頃この会場の人みんな指笛してるよ。」

「そっか」

と、納得したので、安心してショーを見てたんですが、

なんつーか、技が決まったりするたびに、拍手に紛れて、
フーフー言ってんの。

あ、この人、練習開始してる・・・。

もうね、素晴らしいショーだったんですがね、
娘としてね、微妙に集中できなくて。

んで、まあ前半部分のフィナーレに
CMなんかでおなじみの歌で終わる感じになって、
したらうちの母もノリノリな感じで、出演者と一緒に
コルテオっ!」
つってました。

んで、立ち上がって拍手してました。

えっと、まだ前半戦です。
母だけ前半で、スタンディングオーベイションしちゃった。
そこは、ぐっとこらえて欲しかった。

多分、立ってたの、1人じゃないかなー。
もうねG席のあたりはね、
完全に母を見る感じになってたよね、みんな。

休憩中は、すぐにトイレに行きました。
ちょっとね、気持ちを落ち着けてこようと思って。

んでね、帰ってきたら、
母がね、隣の男の人に指笛を教わってたよね。
つーかね、母を皮切りにして、後ろのおばちゃんたちや
反対側にいた中年夫婦もね、教わってた。

あれ、なんか、変な講習会はじまってる。
って思って席ついたら、

「恥ずかしがってないで、あんたも、やんなさい!」

って、もうね「恥ずかしいからやらないわけじゃない。人としてやらないのだ」ってことについてね論議したんだけど、
負けました。
「人ならやるでしょ」って言われました。


で、まあ後半です。

息を飲む美しい場面や、すごい超人技が続いて、目がね離せないのと共に、
G席からまばらに聴こえる「フーフー」っていう何らかの音。

ほんとね、こんな場面で、この人たち、何に挑戦しちゃってんの?
集中しよー。って。

しかも中盤から、微妙に母の指笛が成功しだしたりして、
母の指笛に対する拍手が後ろの席から起こったりして、
軽く横の男の人と握手してたりして、

もうね、全然集中できなかった。私も。

その上、フィナーレの一番感動的なシーンで、
舞台右手に消えていく主役と 時 同じくして、
「ちょ・・トイレ」
つって、左手に、母が消えて行きました。


そんな母に目を奪われてるうちに、ワァって歓声が上がって、
舞台が終わってました。


家に帰って弟に「どうだった?」って聞かれて
「なんか、もう一回見たいかも」つったら、
「へー、そんな良かったんだー」って言われて、
「・・うん・・まあ」って濁すと、
「なんか母さんも、もう一回行くって言ってたよ」って言われて、
「えーなんで?!」って聞いたら
「なんか指笛マスターして行くとか言ってたけど」って言われたので、

参加することに意義があると思ってる彼女に、
参加することに異議があると伝えようと、
私は立ち上がったのでした。

(でも、全然ダメだったので、母がマスターする前に、
 早めにコルテオ見に行った方がいいよと伝えたくて
 今日は書きました。)