霊感があるっつー先輩と夜勤をしてるんですけど。
もう10回くらい夜勤をしてるんですけど。
あれ、私の横で点滴をつめてるのは稲川順二じゃない?
ってくらいに、先輩の霊体験トークを業務の合間合間に聞いてるんですけどー。
あの廊下の影がー、とか。
あの部屋から赤ちゃんの声がー、とか。
オーケー、十分わかった。
いるんでしょう。霊がね。
出てるんでしょう。霊が。
それを承知の上で言いたい。
とりあえず今、霊、どうでもいい。
もうね、テレビの業界では、霊なんつったら、あれですよ。
数字とれっから。
出るならドンドン出ろと。
稲川だってね、何人いても苦にならない。
どんどん話してもらっても構わない。
でもね、かたや、病院なんてね、
生きててナンボの世界ですからね。
霊より患者見てー、と。
言いたい。
けど、先輩なので、言えなかったんですけど。
したら、「今、あそこいるよ。女の霊」つって、これから私が行こうとしてるベッドを指さすわけ。
あの患者さんの枕もとに立ってるつって。
なるほど、と。
えっとね、私だってね、怖い。
見たことないけど、怖い。
多分、これが人気のない夜道だったら、はたまた迷い込んだ廃屋だったら、
思う存分、怖がったと思う。
先輩を十分満足させて余りあるリアクションが取れたと思う。
でもね、先輩、聞いてよ。
今の私には、霊なんかより、あの患者さんから出てる、デリケートな管の方が百万倍怖いわ。
先輩だって知ってるでしょ?
夜勤始まる前の「これ超デリケートな管だから!抜けたら終わりだから!マジ加藤、本気で頼むね!」っていう師長じきじきの申し送り。
主治医からの、「え?今日夜勤、加藤さんなの?!えー!大丈夫かなー、えー!・・・つーか、あの管、ほんと頼むね!ほんと!」っつープレッシャー。
つーかね。
霊?霊ですっけ?
頭に△付けてる方ですっけ?
正直、救急病棟なんですよ、ここ。
人里離れた田舎のトンネルとかじゃないわけですよ。
もーね、江口とかが「開胸するぞ!」なんつって何人飛び出して来てもおかしくない場所なんですよ。
ほんと霊なんていっちゃってる人の方が、全然イキイキして見える。
立ってる時点で、ヨシって思う。
「うらめし…」でも言われようもんなら、「オーケー喋れんね!」つって、ホッとすらする。
そういう場所です。
その上で、「つーか、まぁ見てよ」と。
「役者が違うよね」と。
霊の肩を叩くよね。
正直、霊の存在感とかね、全然薄らいじゃうくらい、
患者さんからあり得ない数の管が出ちゃってるわけ。
おたく、こんな管、出せたことあります?つって。
点滴だけで、5本くらい繋がってるわけ。
お腹の謎の部分から、例の「これ超デリケートな管だから」っつー爆発物処理班もびっくりのドレーンが2本くらい絡まりながら出てきてるわけ。
こんくらい出してかないと、ここじゃ無理よ。と。
しかもだ、ただ出てるわけじゃないんですよ、この管。
全部が1センチでも固定が緩んだら命取り、なんていうね宿命を背負ってて、
赤を切るか白を切るかっつー導火線さながらのドラマティックさで、
私に挑んできてるわけ。
もうね、必死ですよ。
霊をね、見てる暇とか、全然ないわけです。
気を許せば、うーん、とか言ってね、その患者さんがワイルドな寝返りを決めようとしてるわけですよ。
絡まりながら。
ちょちょちょちょちょ!って必死に線という線、管という管を、
右に左に操ってるわけですが。
もう霊の手も借りたい。
だから、もう霊がいようがいまいが、構わないです、私は。
っつーことをね、先輩とデリケートな管を右に左に捌きながら、
とくとね、語ったわけです。
したら、私より数段鮮やかに管を捌きながらも先輩は懲りずに、
「でも、この病院絶対へんだよー。
床とか変な音するし、壁のシミがあやしいし。個室のドアの建てつけも」
って言ってたんだけど。
もーね、霊感とか言って、それ全部 構造上の問題ですからー。
あと、主任が暗すぎるのは多分霊のせいじゃないですからー。
それ霊感じゃなくて、もはや、悪口ですよー。
「加藤もさ、勤務のあととか、妙に肩こったりしない?」
って、それ先輩、肩こりっす。肩こりって、そうっすからー。
つってね、先輩の話、全然怖くねぇな。って思ってたんですけど。
次の瞬間ね、
「あ、加藤。これ管のワキから結構 浸出液出てない?
あー、これ、入れ替えなきゃ駄目かも。先生にコールして。」
つってね。
まあ、私を今宵もっとも震え上がらせた一言出たよね。
そうして深夜に、こっちが幽霊みたいな声でコールして、
起きぬけで愛想という愛想を蹴散らかしてやってきた外科医という名のヤクザに比べたら、
トンネルで立ってる幽霊なんて可愛いものです。はい。
「ここで管の位置、調整すっから、すぐに道具もってきて介助して!」
って早口で言われて、「それいけ!」とばかりに今夜もまたドラマティックの渦に飛び込んだわけですが。
今のところ、持ってくる道具が、一個も思いつかないです、はい。
心当たりないです。はい。
とりあえず、数で勝負と、思いつく限りの管っつー管を両手に抱えて参上してみたんですけど、
薔薇だったら求婚するくらいの勢いで先生に渡したわけですけど、
まさかの全問不正解。
恐怖の度合いでいえば、「外科医」っつー怪談話が1つできそうなくらい怒られたわけで。
ふと、枕元にいるらしい霊ちゃんのこと思い出して、
今なら、乗り移られてもOKよって合図送ってみたんだけど、
音沙汰なし、と。
で、まあ、すべてを乗り切った朝。
私のおくれ毛というおくれ毛が飛び出した朝。
救急に差し込む朝日の中で、
「加藤には、霊は取りつかないね。全然うらめしくないもん」
って先輩が言ってたので、もうね、今ならどんな霊より私が化けて出れそう。