足が猛烈に疲れていた。
日曜出勤でへとへとで、なんか少し悲しかった。
まわりは日曜を謳歌し、遊びに出かけた家族連れや恋人たちが、楽しそうに帰路を歩いていた。
私にはそう見えた。
何だかもう、一歩も歩けない気がした。
そんな時、足立ガラス店の前に鍵のかかってない自転車が横たわっていた。
足立ガラス店と大きく書かれたダッサイママチャリだった。
さっきから自転車の鍵の部分ばかり見ながら歩いていた私が言うのもどうかと思うが、その時はこう思わずにはいられなかった。
運命。
足立ガラスはもちろん地元のガラス屋で、小学生の頃のクラスメートの足立君の家だ。
でも、私は躊躇しなかった。
ほんとに、びっくりするほど全然。
私は足立ガラスのださい自転車に飛び乗った。
そして全速力で走った。
楽勝!
だって追っ手すらいないどころか、気づいてもいない。
それにしてもださいチャリだ。
前にも後ろにも籠がついていて、後ろの籠には『信用厚い良質ガラス 足立ガラス店』と書いてあった。
私は心の中で、足立にべーーってした。
私は足立君が嫌いだった。
『ハイネさん、ちゃんと宿題やってよ』
まるでちびまる子の長沢みたいな男だった。
天罰じゃーって思った。(21歳の行動)
へへん!
一仕事終えた顔で私は前を向いて、本格的にペダルを漕ぎ出した。
えっ
それはお互いの心境だったに違いない。
びっくりすることに前方から、大学生となったちょっと茶髪の長沢君・・じゃなくて足立君が歩いてきていた。
しかし、私たちはお互いの存在に気づいた瞬間には、すでにすれ違っていた。
「あっ」
足立君の声が聞こえた気がした。
私はもう思いっきりペダルを漕いだ。
立ちこぎで。
多分、彼は振り返ったに違いない。
そして見た。
『信用厚い良質ガラス 足立ガラス店』
どう思っただろう!!
どう思っただろう!!
私はもう、怖くて振り返ることも出来なかった。
めちゃめちゃに漕いで逃げた。
ごめんなさい!!
ごめんなさい!!
ああ、もう、二度としません!!
神様神様・・・ああああああ。
どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう・・・・・・・・・・・・・・!!!
返しに行こう。
そうだ返しに行こう。そうだそうしよう。今ならまだ、足立君の先回りして足立ガラス屋に戻れる。そうだ。そうしよう。返しちゃおう。足立君、ごめんね。えへ。あれはね、あれはあなたの見間違い。私はあなたの家の自転車なんて盗まない。大丈夫。夢なんだ。あなたはちょっと疲れてただけ。
返しに行こう!
私はUターンすると、急いで足立ガラスに向かった。
「地獄坂」を下りよう。超近道。ネーミングは悪いけど、私のために天国坂になってね。
私は地獄坂を駆け下りた。
あれ・・ブレーキ超効きにくい!
そう気づいたときには前から車が坂を上ってきていました。
ほんと頼むよ足立ガラス。隣の店は田中自転車。
ブレーキぐらい修理して!
私は思いっきり車と衝突しました。
何故か自転車と一体化し、青い空に飛ばされ、スローモーションで落ちてく私。
うわ!青空。入道雲。
その時、私はふっと気づいたのでした。
足立ガラスの自転車が、ちょっと田中自転車店のスペースに入りかけていたことに。
修理中じゃん・・
私は自転車ごと道路に倒れた。
飛んだ割には不思議とどこも痛くない。
強いて言えばちょっと股間が痛い。
私がショックで途方に暮れていると、車からは太った中年女性が、汗を掻いて慌てて降りてきた。
私が助けを求めるような顔をすると
『危ないじゃない!何してるの!気を付けてよ!冗談じゃない!』
といい、さっさと行ってしまった。
私ももちろん急いでいたから、慌てて自転車に乗った。
ガコガコガコガコ・・・ガコガコガコガコ・・・
漕ぐ度にあり得ない音がする。
私は恐る恐る降りて自転車を見た。
前から横から後ろから・・見た。
前も、後ろも、完璧に傷一つ無かった。
ただ、横から見て驚いた。
思わず笑った。
でも、すぐ青くなった。
横から見ると、自転車全体が縮んでいる。
二分の一くらいになってる。
何がどう壊れたのかよく解らないけど、2メートルくらいあった大きさが、1メートルくらいになってる。
なんだこの自転車・・・
私は再び乗ってみた。
ガコガコガコ・・
降りて自転車を見た。
なんだこの自転車。
私は静かに地獄坂の小道に自転車を置いた。
そして歩いて家に帰った。
こうしている今、いつ足立君の親が家に怒鳴り込んでくるか恐ろしくてならない。
もう自転車は盗まない。絶対に。
トイレにはいると痔になっていた。
足立自転車のサドルは、なかなか鋭角だった。
ちょっとずれたら、処女奪われていた。
もう罰は受けていると思う。
明日、拾いに行こう。