間違って買ったパンツがある。
「わたしだって勝負パンツが欲しい」
恥ずかしながら、ある時ふっとそう思った。
形から入ろう。
いつ、どのタイミングで恋に落ちたとして、二人の心がマッチングで彼氏になったとして、彼は明日の朝には渡米するとして、盛り上がる二人の気持ち。
そういう状況に、いつでも対応できる自分でありたいと。
思った。
というより。
このパンツを買えば、このパンツに見合う人生が訪れるような妄想。
色は不二子の赤。
横はヒモで頼りなげ。
全体はとってもヒラヒラでイソギンチャクちっく。
バックはTではないけど、すこしギリギリな感じ。
一目見て恋してた。
こんなパンツ、私が履いたっていいじゃない。
衝動買いならぬ『欲望買い』。
その頃世間は少し早い初夏の暑さに女も男も色めき立って、そのおこぼれが私にだって落ちてきそうな予感。
7月初旬、1980円パンツを購入。
蝉も朽ち果て9月初旬。
私のパンツ事情はまさに不況の一途を辿っていた。まさに深刻なパンツ不足。
なんか私なんでこんな事、みんなに発表してんだか。
でも、とりあえず、パンツがない。
ま、あと何枚かはあったけど、今日は何故か奥にあるピンクの包みに目が行った。
なんだっけ、これ?
開けたら、7月のまだ希望に満ちた初夏の匂いがした。
私が忘れていた匂い。
何だか、初心に返った。
何もなかった夏。
私の人生って、どうしてこんなに安全なんだろ。
もっとアバンチュールでエキゾチックで、なんだかもう、夏と言えばこの夏を思い出す感じ欲しい。
『私には忘れられない夏があるの』
みたいな。
まあ、とにかく、私はそのパンツはいちゃった。
色は不二子の赤。
横はヒモで頼りなげ。
全体はとってもヒラヒラでイソギンチャクちっく。
バックはTではないけど、すこしギリギリな感じ。
このパンツをはけば、このパンツに見合う人生が訪れるような妄想。
今日もまた。
そうして仕事に行った。
私は、ズボンタイプの白衣を着ている。
そりゃね、最初は憧れた。
白衣スカート、ナースキャップ。
でも、今は専らズボンタイプ。
最初に気づいたのはしゃがんだ瞬間。
トイレで。
ぱかっと割れた。
パンツの一番大事な部分が。
えっ
試しにもう一回しゃがんだ。
割れた。
よくあるパンツだ。
エロパンツ。
大事な部分に何の施しもない。
しばらくじっと見ていた。
衝撃的。
はいてるのに、見えている股間。
自分の。
ま
いっか。
私は、仕事に戻った。
ちょっと緊張しながら。
さっきまで、全然平気だったのに、すごく意識が股間に集中する。
すると何だかみんなの視線も、私の股間に集中してる気がする。
椅子に座ると、パカッと割れてる。
白いズボンから、うっすらと股間が透けている気がする。
気のせい?
大丈夫大丈夫。
でも、あきらかにパカッと割れてる。
立って歩くと、右足左足出すたび、右に左に股間が見える。
もう変な歩き方しかできない。
『トイレ行ってきなさい』
婦長が言う。
いや・・違うんだけど・・・
でも、トイレに行く。
やっぱり、股間が見える。
何だか開き癖がついてきて、立ってるのに、ちょっと開いてる。
トイレでズボンを膝まで下げて、色んなポーズをした。
どういう時に開いて、どういう時は大丈夫か。
何だか間抜け。
そんなことやってるうちに、超、時間が押してきた。
なんせ今は仕事中。
私は看護婦、超多忙。
私は変な格好で右に左に歩いた。
注射打つため中腰する時、ちょっと開いてる。
患者に靴を履かす時、思いっきり開いてる。
患者の体ふいてる時、微妙に開いている。
看護記録に書き込む時、開いたり閉じたりしている。
だんだんだんだん、私は仕事に没頭し、パンツのことなんて、気にならなくなった。
開いてる感覚も、だんだん無くなってきた。
今日も無事仕事が終わりそう。
どんなパンツはいても、出来る女は違う。
帰りの申し送り、椅子に座ってもパンツのパカッと開く感覚ほとんど無い。
ほら、コンタクトも付けた最初は異物感凄いけど、慣れるとほとんど気にならない。
同じ。
このパンツも今は、ほとんどどころか全く感触がない。
感触がない・・・。
感触がない?
私は恐る恐る股間見た。
学校に忘れ物を届けに母親が来てくれたことがあった。
いつも慣れ親しんだ母親が、いつも慣れ親しんだ校舎にいる光景は異様だった。
『あれ、なんでいんの?』
『忘れ物持ってきてあげたのよ!まったくそそっかしいんだから、ハイネは』
『ちょっと恥ずかしいから早く帰ってよ!』
『はいはい。わざわざ来てあげたのよ、しっかり勉強しなさい』
いつも慣れ親しんだ股間が、うっすらと自己主張してる。
かろうじてズボンの向こうで。
股間とズボンの間は、まさにノーガード。
え
パンツは?
恐ろしいことに右くるぶしに、赤い固まり発見。
私は髪をかき上げるような超自然な動作で、パンツを足から引き取り、ポケットに入れた。
ノーパンで申し送りを終え、そっとトイレでパンツをはいた。
はいたのに見えてる股間。
コレが私の忘れられない夏という話。
なんて更衣室でほくそ笑んでたら、白衣のズボンにうっすらと血が付いていた。
ほんとうっすらと。
そういえば、昨日サドルに突き刺さったことを思い出した。
何だか泣きたくなった。
彼氏出来たとか告られたとか言いたい。
絶対いつか言いたい。
明日言おう。
そのくらいの気持ちで生きよう。