ピンチがチャンスに変わる瞬間、いつも鳥肌が立つ。
だから、追い込まれるのが好きだ。
2007年 加藤はいね 夏
もうすぐ27歳になる。
このくらいの歳になると、結婚だったり、仕事だったり、政治だったり、色んな世界に視野が広がって、自分の力量だとか限界とかも、ちょっとずつ冷静に見えてくる。
でもね、だからこそ、スレスレの勝負に挑戦してみたくなる。
自分が、まだ、もう一歩先に、いけるんじゃないかって。
今日は、朝から、ウンコがしたかった。
なのに、何だかんだで機会を逃して、仕事が終わるまで、
便意を持ち越した。
タイムカードを押した時、その向こうにトイレが見えた。
いつもだったら、飛び込む。
でも、ここで勝負に出た。
社会に出て、看護師として5年目。
もはや、ウンコがしたくても仕事ができるこの処理能力。そして、管理能力。
しかも、今、さほど、したくない、このタフさ。
(でも、待って。電車に乗ったらヤバイんじゃない?
歩き出したら、腸蠕動も活発になっちゃうんじゃない?
いつも、それで、痛い目みてきたじゃん?忘れたの?)
エンジェル加藤が囁く。
(忘れちゃいないさ。
だが、今のオレは、今までのオレとは違う。そうだろ?)
デビル加藤が否めた。
イケル! と、思った。
通勤時間は約30分。
勝負に出た。
結果は、圧勝。
ちょっと距離を伸ばして、実家まで帰ってみる余裕も見せた。
これが、二十代後半の大人の女性の余裕。
ウンコがしたくても実家に帰れる一人前の大人。
途中のコンビニでピノ買って、軽くお祝い。
実家の門をくぐってガッツポーズ。
んで、玄関が開かない22:00。
財布の中に、鍵がない22:03。
22:05 親に電話 通じない。
22:06 親に電話 通じない。
22:08 弟に電話 今、長島温泉。とのこと。
22:08 え?どこそこ?
22:08 長島温泉は、三重だよ。
22:08 あ、じゃあ、いいや。
22:08 中野から三重まで400キロ。
22:08 ちなみに、私の直腸から肛門までの距離10センチ、きってます。ぶっちぎり。
22:10 母の携帯に電話 今、帰ってるとこ。らしい。
22:11 「まじー!」「あと20分くらい」「了解」
20分。
助かった。
危なかった。
って、胸を撫で下ろした瞬間、
「あのさー、水を差すようで すっげぇ悪いんだけど、
もう出そうだけど。」
って、私の下の方から、切実な訴えがあった。
20分とか、待てなそうな、緊迫感あった。
突発的にタモリとか思い出してみたけど、
気がそれるというより むしろ助長。
コンビニの袋の中で、ピノが汗ばむ。
ピノでもないのに、額にも水滴が。
いま、私につきつけられてるのは、26歳にして漏らすという事態だけじゃない。
26歳にして漏らす決定的瞬間を、親におさえられるかもしれない可能性だ。チョー怖ぇー。
限界への挑戦。
うずくまって我慢した。
溶けるピノ、緩む肛門。
もう、そこの花壇にでも・・!
って時に家から3分くらいのコンビニから痛恨のTEL。
「父さんだけど、もうすぐ家着くけど、何か買ってく?」
父、到着3分前。
ALIVE!と見せかけて、実はDEAD!
今の自分には3分ウンコを我慢することも、(気力)
3分でウンコして花壇に埋めることも、(知力)
どっちも3分じゃ無理!(体力の限界)
絶対絶命のピンチ!
そう思ったとき、不思議なくらい冷静になる自分がいた。
ピノの箱を閉めたとき、心が震えた。
「あれ?はいね、何で外にいるんだ?」
「あ、父さん。実は鍵忘れて入れなくって」
「ばかだなあ。
あれ?はいねもコンビニで何か買ってたのか?」
「うん。ピノを!」
ピンチがチャンスに変わる瞬間、いつも鳥肌が立つ。
だから、追い込まれるのが好きだ。
2007年 加藤はいね 夏
後日、母から神妙な声で電話があった。
「はいねが、こないだ買ってきたピノだけど、
ずっと冷凍庫にあるから、お父さんが、食べようとして開けたら、
なんか・・・あれ・・なに・・・?」
母は、薄々なにかを感じ取ってるようで、でも、信じられない感じで、
「カチカチになってるから、お父さん、今、必死で・・
スプーンでつついてるけど・・あれ・・アイス・・?」
受話器越しに、父さんの「ピノってこんなんだっけー?」
みたいな無邪気な声がして、
私は今日もまた、父の未来を天秤にかけて、究極の選択をつきつけられている。