10月の贈り物 (27歳)

いやー、ぶっちぎり。
誕生日、ぶっちぎりでした。
ぶっちぎりで過ぎてた。一ヶ月前に。

祝われたい気持ちばかりが先行して、ひとりオロオロしている間に、
過ぎてた。過ぎ去ってた。

ほんと、0時になる瞬間に何してたかって、ニンテンドーDS
マリオカートで風になってたから。
最初で最後のプレゼントは赤甲羅でした。
大事に使うね。



もー、やだ!
誕生日来すぎ。
去年も一昨年も来たのに、今年もまた来た。

もー10月生まれ、やめたい。

すげぇよ10月。
10月半端ない。
一年に二回くらい来てんじゃねぇの?っつーくらい来るからね。
やっと過ぎたと思ったら、すぐ来る。
明日あたり、また来んじゃねぇの?

他の月はどうなの?
えー、うち、あんま来ないよってとこないの?
3月とかちゃんと来てっかー?
6月とか、一回休みとかになってない?


とにかく、10月はね、すげぇ来る。マスト。
そんで、空気全然読めてない。

私なんてさー、もう全然じゃん?
全然、彼とか恋とかね、軌道に乗ってないわけ。

採算とかもね、言いたくないけど、まるで合ってないわけ。

勝負下着は黄ばむわ、2年前永久脱毛したはずの脇は知らぬ間に密林。
キッスを見越して入れた差し歯も、抜けて、入れて、抜けた。
26歳にして、タッチされた回数なんて、余裕でDSに負ける。

とんだ不良債権ですよ。

そんな火の車を必死で転がしてるアタシにね、
したらさー、10月も10月でさー、
「あ、じゃあ、今年はちょっと10月見合わせておきますか」とか、
「11月の方を先に消化してもらって〜」とか、
「なんなら、いいとき連絡してもらって〜」とかね、
融通きかせろっての。

もうさー、馬鹿の一つ覚えみたいに毎年毎年、律儀に来ちゃってさ、
その度にさ、年齢だけボコボコ加算されちゃってね、
痛恨の27歳ですよ。
痛恨の27歳(生娘)で・す・よ。

生娘って言葉を使うのも、そろそろおっかなびっくりですよ。
完全に賞味期限とかね、赤福ですよ。
むしろ、私のことを剥ぎ取って、もう一回17歳あたりに混ぜ込んでくれっつーの。


つーわけで、そんな感じに10月を過ごしてました。


正直ね、誕生日とかね、忘れてた。
星野君のことで、頭がいっぱいだった。
星野君。


ほしのくーん!

見てっかー?


まず、見てねぇな。


中途で入ってきた、仕事の後輩ナースマンなんですが、
あちらも痛恨の35歳なんですが、
老人ホームしか経験が無いという箱入りが、
ICUもあるうちの病棟で一花咲かせようと、打って出てきたわけですが、

なんつーかな、
なんつーかな、

湯浅弁護士に看護師をやらせたらこんな感じなのかな。

2メートルくらい先から、鏡獅子のように頭を振り乱して駆け寄ってくるのは、そうです星野君です。

みたいなキャラが立ちすぎてて、たらい回しによるたらい回し、
たらいもここまで回んないんじゃねぇの?っつーパスに次ぐパスでもって、

「あーじゃあ、加藤でいいんじゃん?」的な先輩たちの粋なはからいにより、

私が奇しくも指導者という立場を仰せつかったわけで、
もうね、完全に私の背中に張り付いてるわけです。

あっぶねぇー、おめぇ私がゴルゴだったら、今頃ハチの巣だぞ。
オーケー、私の背中はおめぇに任せた。

くらいに、完璧なユニゾンで追っかけてくる。


ああ、仕事している男の人って大好きな私だけど、
ああ、星野君、なんていうかな、この気持ちは言葉にできないけど、
星野君、とりあえずじゃあ、注射してみよっか?

「星野君、ところで注射したことあるっけ?」

「ありますっ!」

っていうので、任せてみました。

私の中で、今、イチオシの血管が隆々な人を。

私は彼の背中の後ろから、散々にエールを送った。
セコンドから、われんばかりの声援を送った。

もっと右だー星野君!
そこだ!そこだ!
ほら!いまだ!
そこだって!
いけー!星野ー!



つん・・・・


って、ん?

なになに?今なに?いま、星野君、針でつついた?
微塵も刺さってないけど。

いくら鋭利な先端でもね、そんなソフトタッチじゃあとてもじゃないけど、血管を捉えきれないぞー。

ほらー、患者さんも困惑しているぞー。

あ、頭揺れてきた。



交代しました。


とりあえず、笑顔で、何もなかったかのように患者さんのもとを去って、
物陰で口元かくしつつ作戦会議ですよ。


「えっと、注射、したこと、あんだよね?!」

「あるんですけどー。いやー、難しいっすねー」

あるの?あった?あったような気がしてるだけじゃない?
大丈夫?
ちゃんと注射器だった?ロケット鉛筆とかじゃなかった?

と、思ったんだけど、星野君、今後のために聴かせて。

「うん、わかった。じゃあ、ちなみにね、どのへんが難しかった?」

星野君は、すんごく考えてから、


「針がー、思いの外、長かったです」


って、言った。

あーうんうん、そっか。オーケー。
針が、長かった、と。予想以上に。オッケー。
私、今後のためとか言ってメモまで開いてたけど、
メモれなかったぞー。
針はこれしかないぞー。
見たまんまだぞー。
短くできないぞー。
がんばれー。


そのあと、ざっと物品の場所を説明した。

注射の時に使うのは、だいたいコレとコレとコレで、
使った針は 針捨てボックスに捨ててもらって〜、
あと、薬はここの棚で〜、

みたいな。

もう1人の中途採用の人にも一緒に説明してたんだけど、

「ライバルがいると燃えます!」

と、星野君はわけのわかんないことを言いつつ、
熱心にメモを取ってた。よし、がんばれ。

で、ライバルが

「アンプルも針捨てに捨てていいんですか?」

「いいよー」

とか問答してると、星野君も負けじと、

「ハイ!」

って手を上げてきたので、

「ん、なに?」

て、聞くと、

「えっと、針捨てボックスは、病院に何個ぐらいあるんですか?」

って言った。

「知らない。」

考えたこともない。多分、明日も明後日も、答え出ないよ。
病院に、何個針捨てボックスがあるかは、考えなくて大丈夫。
引っかかるのはそこじゃないぞー、星野君。

「あ、あ、じゃあ、えっと、薬の名前の横に®って書いてあるのは何ですか?」

そこでもないぞー、星野君。
登録商標に惑わされるなー。



次は患者さんを見てもらった。

水を飲みたいという患者さんがいたので、ナースステーションでカルテを見せながら

「この人は、嚥下(えんげ)が悪くって、水だとむせやすいからね、
 水にトロミをつけるのね。
 あと、ベットが平らでもムセちゃうから、60度くらいに
 ベッドの頭を上げて水を飲んでもらってね」

って、説明した。

したら星野くん、すげぇメモってた。
それで直木賞でも狙ってる?っつーくらいメモってた。
よし、がんばれー。

で、患者さんとこ行った。
10分くらいして、鏡獅子みたいに頭振り乱して戻ってきた。

「えっとーえっとー、
 患者さんが水飲みたいって言うんですけど、
 飲んでもらっていいっすか?」

ん?

って思ったけど、
焦るなー、焦るなー、と自分に言い聞かせ、
星野君と病室に向かった。

で、患者さんの前でコップを持つ星野君に聞いてみた。

「その水トロミ入ってるの?」

「ト、トロトロです!」

第一関門クリア。

あと、患者さんのベッドが平らなままだったので、

「星野君、水飲んでもらうとき、何に気をつけるんだっけ?」

と聞くと、星野君は、すげぇ考えて、
それから、メモを見て、私を見て、メモを見て、言った。

「えっとー、角度、です。」

ビンゴ!正解!
その調子!
嬉しくなって、

「角度を、どうしたらいいんだっけー?」

と、合いの手を入れると、
星野くんも、少し興奮しつつコップを握り締め

「えっとー、えっとー、いっぱい傾けるとこぼれちゃいます!」


て、コップのこと————————!?

それ、コップのこと?コップのことだよね?
コップの角度のこと、心配しちゃった?

コップをね、いっぱい傾けるとこぼれちゃう。確かにこぼれちゃう。
でも、いっぱい傾けるとこぼれちゃうとかは、もうね、小学生あたりでマスターしてきて!
今この命の最前線に持ち込まないで。



仕事が終わってから、二人で反省会をした。

「で、どうだった、今日は?」

「えっと、注射が、難しかったです」

「あ、それはいいや、ちょっと、私も焦りすぎた。
 まだ、注射やらなくていいから。」

「あと、薬もいっぱいあって」

「うん、それもおいおい調べていけばいいから、他は?」

「えっと・・・・・。」

「あ、じゃあ、逆に何かある?わかんないこととか?」

「あー、えっと、なんかー、前の病院と色々違くって、
 ごっちゃになっちゃうんですよねー」

「え?なになに、手技のやり方とかのこと?」

「えっと、前の病院は二階だったんですよ。
 いま、三階じゃないですか?なんか二階のような気がして、
 ごっちゃになっちゃうんですよねー」


ど  う  で  も  い  い  。

何なら、二階だと思ってくれて構わない。





星野ー。

ホッシー

聞いてっかー?

今まで言えなかったけど、
あんまりに嬉しそうに話してくるから言えなかったけど、


看護師は、携帯二つ、いらない。


プライベート用と仕事用、分ける必要ない。
営業じゃないんだから。
仕事のことでホッシーに電話なんて、まずしないよー。
プライベート用で充分おぎなえるよー。
プライベート用ですら、さほど鳴ってなかったよー。

ホッシー



ああー、スッキリした。
明日も、星野くんと勤務です。