国際化だか何だか知らないけど、日本が大好き。鎖国してもいい。
異文化を満足にコミュニケーションした試しなんて、生きてきて一度だってねぇよ。
宇宙人だろうがアメリカ人だろうが、私にとっては同じこと。
ましてやそれがバングラディッシュ人だったら!
バングラディッシュから、はるか国境を越えて御入院。
彼=モハメドは本日、大腸カメラの検査を受けに、我が病棟にやってきた。
なぜ?
誰が彼の担当ナースになるか、激しい心理戦があった。
私は作戦Kを実行した。
ナースコールに対応する振りをして、その場からトンズラするのだ。
結果、しめしめとナースステーションに戻ってくると看護師は誰もいなかった。
そこにはモハメドと書かれたカルテと、
見たこともない黒人男性が入り口の前にポツンといた。
そしてその外人は、おぼろげなカタコトで
「スシマセン・・」
と、言った。
スシ・・。
試しに振り返っても、誰もいないことは分かっていた。
私は上がるしかなかった。モハメドとのリンクに。試合に。ガチンコに。
大腸カメラ。
大腸カメラの検査は簡単だ。
つまりお尻からカメラを入れて大腸の中を見てみようっていう好奇心旺盛な検査だ。
大腸の粘膜にポリープはできてないか。癌はないか。
でもそれを見るためには、大腸はキレイでなくてはならない。
そう、大腸カメラの検査は、ウンコの存在を許さない。
ウンコの影を微塵も残さず消し去ること。
それが大腸検査を受ける前に最も大切なこと。
それがたとえ、バングラディッシュ人であろうと、例外ではない。
そのため検査の前にはたらふく下剤を飲んでいて、もうビービーの状態なのだ。
そのビービーの液体が透明になったのを確認して、検査に送り出すのが、看護師の使命なのだ。
過酷だ。
病室にはモハメドと私。
まず、私としては、彼のお通じの状態が知りたい。
まだ形があるのか、もう下痢状になっているのか。
知りたい。
私とモハメドは見つめ合った。
私は高校まで無事卒業してるし、成績だってそれほど悪いわけではなかった。
英語だって、それなりにやってきたはずだった。
今、目の前にアメリカ人がいて、英語で自己紹介しろって言われたら、それなりのプロフィールだって言う自信がある。
だが・・・。
「お通じに形があるか、それとも下痢してるか」なんて英会話には、私はただの一度もお目にかかったことがない。
そんな赤裸々な文法を見たことがない。
ニュークラウンのケンやクミは、友達がどこに住んでるかは気になっても、友達の便通までは気にしたことがなかった。
そりゃあ・・。
モハメドが頼りなげな捨てられた子猫のような目で私を見る。
逃げたい。逃げない。私は看護師なんだ。
日本もバングラディッシュを超えて、私は看護師なんだ!
私は自分の人生の知識の水位を選りすぐり、ひねり出し、言った。
手を下のほうでグーからパーに力強く開くジェスチャー付きで。
しかも、グーからパーに開く瞬間に
「Water?」
自分で言うのも何だけど、蚊の鳴くような声だった。
ヘレンケラーかと思った。
そんな努力もむなしく、モハメドは「は?」って顔をした。その顔は世界共通らしい。
私はさっきよりもっと力強く、もっと尻の近くに手を持って行き、グーからパーに開いた。
このジェスチャーは、地元の友達作の「彼氏の陰毛、チョーボンバー」の時のアクションを一時お借りしたものだ。
「Water?」
顔が・・熱い・・。
こんな密室で、こんなボンバージェスチャーしながら、見ず知らずのバングラディッシュ人に水・・水・・言ってる自分に自分で赤面だ。
尾崎のアイラブユー並に捨て猫みたいな泣き声だった。
モハメドもモハメドで、そんな私に応えようと必死に私のジェスチャーを一瞬たりとも逃さないように食い入るように見た。
あ、そんなに見ないで・・。
そんなことをしているうちに、今度はモハメドの方が何かを訴え始めた。
彼はお腹を押さえて、うずくまる様な動作を繰り返した。
私はよっぽど動揺していたとしか思えない。
今となってみれば、これが「出そうだからトイレに行きたい」という動作以外の何ものでも無いのに。
私は自分で自分が信じられない。
ピンと来てしまったのだ。
『・・そっか、彼は朝から何も食べてなくて、ひどくお腹がすいているのだ』
と。
大腸カメラの前は絶食だ。
私は毅然として、言った。
『ノーッ!』
この時のモハメドの顔を、私は一生忘れられないかもしれない。
彼は途方に暮れながらも、懇願するようにお腹を抱え込むジェスチャーを続けた。
「だーかーらー、ノーだっつーの!」なんて言いながら、私も私でボンバージェスチャーを続けた。
そんな息を呑むような二人の攻防戦が数分続いた。
結局、限界が来たモハメドがトイレに駆け込み謎は解けるが、うんこの性状を見ようとトイレに侵入しようとした私との出会いは、彼の持つ日本人女性像を一変させる出来事だったと思う。
そうして今日、無事彼は帰って行った。
私の必死のジェスチャーを奇特なダンスと思ったまま。