ゆび災

お医者さんが診察する時によく、
下まぶたを引っ張って「ベー」ってさせるアレは、
貧血がないかを診てるんですけどね、

あの小技を看護師の私もよく使うわけで、

こないだ貧血のある女子高校生の患者さんにやろうとしたら

「うわ!看護婦さん、指、臭いっ!」

って言われました。率直に。


もう、そのストレート、球威にして150キロくらい出ちゃってんじゃないのー?っつーくらいの直球を、まあ、軽く受け止めきれないまま3日が過ぎようとしています。


いや、まあ、その瞬間は、全てを無かったことにして、
「くさー!くさー!」つってる女子高生を
「あはは、なに言ってんの、もー、あはは」とか言いながら診察したんですけど、
「いや、マジで指、くさっ、ほんと!なんで!?」って、ずっと言ってて、

シー!シー!シー!
つーか、なんでなんて、こっちが聞きたい!
一分前に手洗ってきたっつーの!

って合戦を繰り広げた末に、

たまたま近くで見てた主治医に、
「貧血、だいぶ改善してるみたいです」
って報告したら、

もう、ほんと貧血そっちのけで、私の指、凝視しすぎ。
貧血より、そっち治そ みたいな雰囲気なってた。


指が、臭いの私?


いや、むしろ指だけで済んで良かったじゃない。
全体じゃなくて、局所的な問題でしょ?
全国的には晴れるけど、ところにより一部雨、みたいなことでしょ?
セーフだよ、セーフ!
ぬ〜べ〜みたいに手袋して生きてこうぜ☆

っていう心の応援がだいぶ巻き起こったんですけど、
頑張れ頑張れ言ってたんですけど、

なんだろ、この、思ってもよらなかった場所が臭い攻撃。


いやいや、たまたま、その瞬間だけ、奇跡の化学変化が起きたのかもしれない。
指として万全を期して挑んでなかった節も見受けられた。
手洗いが遠足気分だった。

あと、もう、女子高生のご機嫌がナナメで、
いや、もう、そのちょっと前まで笑顔で話してたけど、
なんていうか、ほら、女心と秋の空っつーくらいで、
気分は刻一刻と変わりやすいもので、
一瞬にして、指を臭いとか言っちゃいたい年頃になったっつーか、

そういう可能性もある。
あるにはある。


って考え抜いた3日後、東京、晴れ。

満を持して、再びあの女子高生の担当になった日、

後輩に「あれ?これからオペですか?」って
内科なのに聞かれるくらいゴシゴシ手洗いして、

あれ執刀すんの?っつーくらい手を上に上げたまま
女子高生の病室を訪れて、

磨き抜かれたゴッドハンドで、出会いがしらに
彼女の貧血をチェックしたんですけど、

「わ、やっぱクサ!なんで!」

て5回くらい言われた。大事なことじゃないのに5回言いました。


もう、泣きたい。

貧血チェックするたび、この仕打ち。

「ほら、私たちって手洗いよくするからね!多少の消毒液の匂いはね!」
みたいに必死に言ったんですけど、
来い消毒液!って願いを込めて言ったんですけど、

「いや、ゴルゴンゾーラみたいな」
つってた。ゴルゴン来ちゃった。

やー、ゴルゴン。
ゴルゴンねー。

・・・それ呪文?

割と偉大な名前が出たわけで、
私ったらすっかり知ったかぶった感じで病室をあとにして、
ナースステーションで、

「ねえ、私、指がゴルゴンゾーラって言われたんだけど、
 ゴルゴンゾーラって何者?」

って聞いたら、

目をそらしながら、後輩が「チーズ」と。

チーズ!
…か、かろうじて、食べ物に踏みとどまったってこと?

って思ってたら、後輩が言いにくそうに、あと、付け加えてきて、
「青カビの…」と言った。

そばにいた医療事務の子が、颯爽とパソコンで検索をかけてて

「あ、ゴルゴンゾーラ出ました!
 なんか、ヤギや水牛の乳を固形物にしたものと、
 …青カビを…交互に…重ねて…
 内部には筋状のアオカビが…走っており…、
 えっと、その、…特徴的な刺激臭がある…とのこと」


とのこと――――――っ!!


全然踏みとどまってなかったー。

あと、もう、聞いてた先輩たちが、笑いすぎ。
笑いながらE.T求めすぎ。
4人くらいと無言でE.Tを交わしまして、

あと、まあ、帰り際に犬に噛まれました。


3人くらいで触ってたっつーのに。
私くらい完璧なソフトタッチもなかったっつーのに。

あと、なんか飼い主のおばあちゃんが
「この犬は人を噛んだとこ見たことないのよ」的な
名文句を発してたわけですが、

ファーストインプレッションから決めてました、くらい見事な噛みつき
でした。

それを見た先輩たちが、またE.Tを求めてきたので、
ほんともう、スピルバーグは私とかを撮ればいいんじゃないかな、
来期あたり。