化かし合い

すみませんすみません!乗ります!乗りまーす!

って滑り込んだエレベーターの中が、カップルの抱擁でした。

もう、はちきれんばかりの。
月9だったら、最終回。
アメリカ映画だったら、終戦
金八だったら、卒業。

そのくらいの抱擁。取り組み。
その中に、行司の距離感で、居合わせてしまい。

「だめだよ、だめだよ、見られちゃうよ・・」

って女の子が述べてるんですけど。

今まで一回も行った事なかったけど、
ここがあの地獄ってとこなんじゃない?

鬼は、三途の川とかじゃなくて、
もうここでね、石とか積ませるべき。


「見られちゃう、見られちゃうよぅ・・・」

って、もう声を押し殺した感じでね、
言ってくれてるんですけど、この密室におきまして、
完全に、そちらの見られちゃうよ指令がね、届いてるわけです。
こちらにも。

でね、もう、絶対見てないわけ。
こちら側としては、偶然 乗り合わせたその瞬間から、
エレベーターの四角の一角に鼻をめり込ませるようにして、
立ってるわけ。

カードを選んでもらってるマジシャンくらいの見なささなわけ。

「だめだって」

「見てないよ」

「見てるってば」

「見てないよ」

「ほんと?」

「大丈夫、見てないよ」

「でも、見えちゃうかもしれないし」

「見えないよ」

「えー、でも」


う・ら・め・し・や


もう、生前であることとか全然関係ない!
自然と口をついて出たよね。そのセリフが。

生きながらにして、今、化けて出れるくらいの無念。
化けて出るっていうか、
もうあらかじめ すでにここにいますけども、
あえて、1回化けたい。1回、化けてから出たい!

今なら、私にもあの井戸が登れる気がする。
ブラウン管から飛び出せる気がする。


したら、3階で見知らぬオジサンが乗ってきたわけ。


なんていうんだろう。
地上に舞い降りたエンジェルって、もしかしてこの人のことじゃないの?
サイン下さい。写メ撮ってもいいですか。


これで、やっと試合になる。待ちに待った2対2。
ダブルス。

こうなったら、多少ね、スペースをね広めに取り出すよね。私も。
人一人に対する正当なスペースを要求するよね。

あとは、まあ、見ますよね。
どこを見るのも、私の自由ですから。

オジサンもね、そこはすげぇ見てましたから。えぐるくらい。けしからん感じでね。
私もオジサンに添える形を取るわけです。
公共の場ですよ!って視線をね、思う存分浴びせてやったわけです。

おじさんなんて、軽くね、咳き払いとかしてたから。
私もね、そこは先輩に習えとばかりに、払っておきました。
いつもより多めに。


まさかオジサンが次の階で降りるとはね。
まさかのアーリーリタイヤ。


どうしてくれるの、この感じ。
変に間合いを詰めちゃったせいで、3人でPerfumeくらいの配置になってるんですけど。


ち・・近い。


彼女がね、彼氏に抱きつきながらも、
朝顔でも観察してんじゃないかってくらい見てくるわけです。
全く発芽してない私を。


思わず必死にカバンをガサゴソして、
生クリームでも泡立ててるんじゃないかってくらいガサゴソして、夢中で携帯を取り出して、メールしてるフリをしようと思ったのね。


焦りすぎて、滑った。
鮎の手づかみくらい滑った。

で、落ちた携帯が床をきれいに滑走して、思いっきり二人の甘い空間に行ったよね。
カーリングでもね、あんな中心をね、ピタリと押さえられないと思う。
足と足のまさに、その合間をぬって。


うらめし度もMAX。
リングの井戸で言ったら、貞子が黒ひげ状態で飛び出すレベル。


その瞬間に、エレベーターのドアが開いたから、
反射的にカップルの足の間から、携帯を右足で蹴りだして、
そのままドリブルで外に出た。
まさに一瞬の判断。


そのドリブルが、華麗としか言いようがなかった。
彼氏とかね、ちょっと「メッシ…」って言ってたもん。


ほんとは言ってなかったけど。
普通に「わー!」って言ってたけど。
「わー!」って。


よく考えると、彼氏、結構情けなかったな今。
わー、とか言っちゃって。
なんだか、生きながらにして、念願叶って軽く化けて出れた感じ。


私は、そっと満足して携帯を拾い上げた。
アドレスがドロンと全部消えてた。
わー!