恐怖はいつも、あなたの隣に・・

女2人で富士急ハイランドにいる。


今日の朝4時、友達から電話がきて

「びっくりするぐらい失恋した」

とのこと。

夜中 急に、彼氏から別れの電話がかかってきたらしく、
友達は5時間かけて散々説得したあげく、
気づいたら向こうの受話器からいびきが聞こえてきたっつー
壮絶なクライマックスの果てに、私に電話がかかってきた。


思いっきり疑いようもないくらいに寝ていた私は、

「それはびっくりだね」

と、とりあえず相槌を打ちながら、薄ら暗い中で時計を確認し、
4時という短針に、
いやー、こっちもびっくりだな、と思いつつ、話を聞いた。


彼女との出会いは忘れもしない中学三年の水泳大会。

私は一人の男のため飛び込み台にたった。

彼はめちゃめちゃ水泳得意で選抜水泳に出る予定だった。

この校内の大会でいい結果を出せば、私も彼と一緒に出れる!

私は毎日特訓した。
で私は真剣にその勝負に挑んだ。

種目は背泳ぎ。

私がまっすぐゴールを目指す中、
いきなり横から曲がってきた奴がいた。

それが彼女だった!

彼女はレーンの仕切も無視して私にアタック
彼女の手は私の顔面に見事ヒット!

浮かんでるはずの背泳ぎで
顔を鎮められた私はちょっとした潜水みたいになり、

溺れた。

必死に足をついたときには、失格が確定していた。

彼女と言えばそのおかげで、いい感じに方向転換し
見事2位をおさめていた。


衝撃的な出会いだった。
あれから、もう10年近く経つ。


そんな彼女が、今、電話の向こうで、

「こんな急降下、
 なんであたしだけがこんな目に合わなきゃいけないの!」

みたいな事を、あまりに悲しげな声で言うので、

「じゃあ、みんなでそんな目に合ってみようか」

つって、富士急に誘った。

ギネス級の急降下をみんなで体感するために。


あたしたちは新宿発の高速バスに飛び乗った。

バスの中で、遊園地でカッコイイ男の子グループを逆ナンってのも有りじゃねー?なんつって盛り上がったが、

甘かった。


カップルしかいなかった・・。

遊園地っつーのはね、男女で行く他ないっつーことを、
とくと教わった。


FUJIYAMAに乗るまでの小一時間、前にカップル、後ろにカップルの愛のサンドイッチ状態で、アタシ達にはこの空間において、人権すらも危ういことを教わった。

前のカップルの口づけは映倫ものだったし、後ろのカップルの腕の絡み合いっぷりはまさに樹海レベル。
完全に磁場が狂ってた。

その狭間で、私たちは何をしてたかって、
必死にレズじゃないことをアピールしてた。

微妙にお互い距離を取りすぎて気まずくなってるし、
長距離バスに長時間乗車したせいで、話したいことは話尽くした感もある。

お互いに「こんなはずじゃ・・!」みたいな空気が漂った。


FUJIYAMAの急降下より、さらに深い所に沈みこんでいった私達は、

そんな空気を打破しようと『ギネス』に載るような『お化け屋敷』に入った。

間違いだった。



なにやら戦慄病棟とか言って、病院をモチーフとしてるお化け屋敷に、私は笑った。

迎え撃つ私達は、偶然にも看護師を生業として暮らす二人だった。


チョー余裕。


だって、私たち毎日のように夜中だって何だって本物の病院見回ってナンボの仕事だかんね。なめんな。




ミスった・・・。

人選ミス。



相方、超こわがりだった。
相方の豹変の方が、お化けそのものより、むしろこわかった。




それに気付いたのはアトラクションに入ってから。


「怖いから手つなごっかー」なんて言って手出した時、
握りかえされた握力、半端ねぇー!

小指あたり軽くイッてた。


なんかさー手を繋ぐって、もっとさ、握り合うっていうか、
こう、手のひらと手のひらがジャストミートしてるっつーか、

えっと、この子、
アタシの手を思いっきり反対に反り返して来るんだよね。
思いっきり痴漢撃退術っぽくなってんだよね。


すっげー痛かった。
でも、それがこの子なりの必死のリアクションなのかなと思って舐めてた。



一匹目のゾンビ出現。


あの子もキャーって言ってたけど、

私なんてギャーって言ってたからね。

痛くて。


守るはずの味方から、手首に何らかの技が決まってたからね。

できればゾンビにやったげてー。




手つなぎは無理だと判断しました。



私は彼女の手を優しく紳士的に腕に導きました。



あーそうそう、今回このアトラクションは銃でゾンビを撃つっていう
サブイベント的な要素もあって、

あらかじめ渡された銃でゾンビを撃つと、追っかけてきたゾンビが
止まるっつー楽しいイベント付きなのね。


私はこの手の武器を持ったらゲーセンでも一流で、
バイオハザードでもゾンビ達に一目置かれる存在だった。


弾は15発。
結構あった。

あったはず。


1匹目のゾンビで、根こそぎ 使い果たしてました。


彼女がすげー力で手首を握ってくる痛さにビビッて、
知らないうちに床あたりに連射してました。



『こわかったぁ・・
 でも、とりあえずハイネがゾンビを上手くしとめれば、
 ゾンビは止まってくれるんでしょ?』

なんて彼女が可愛い笑顔を私に向けてくれた時には
何度トリガーを引いても

カシュッ・・カシュッ・・

っていう力無い玉切れの音しか、しなかったわけで・・・


無言のまま、私の腕を組む、彼女の腕に一層力が入りました。




ギネスにも載る約700�の迷宮にいて、
まだ50�ちょっとしか進んでいなかったと思います。


あと何匹ゾンビが出現しようとも、
私たちに撃退の術はとりあえず、今のトコ無し。



角を曲がったとこで、

「いる・・」

彼女が言います。

私も暗闇で目をこらしながら、ゆっくりと前に進みます。




でたーーーっ!!!


キャアアアアアアアア!!(私の腕を引っ張り彼女の悲鳴)

ぎゃああああああああ!!(それを凌駕する勢いのある私)


彼女はすげー力で私の腕を引っ張ります。
腕っつーか、どっちかっつーと服を。


結果、私の右肩すげーセクシーになっちゃってるからー!


もうね、ゾンビがこえーとか言ってる場合じゃないくらい、
服が脱げかかってんですよ。

25歳処女の私にとって、
服が脱げかかる以上に怖いことなんて無いんですよ。

むしろゾンビすら、私の服の脱げ具合に動揺を隠せない様子。


私も(ゾンビの人も)必死に、

彼女のせいで思いも寄らぬセクシーショットになっちゃって
気まずい思いを双方していることを訴えてんだけど、

もうね、彼女は半狂乱で、
むしろ勢いづいてぐいぐい私の服を引っ張って、

つーか、説得しようとしてくれたゾンビがむしろ怖くて
しゃがんだりすっから、

ほんとね、あたしの服のボタン、
いつの間にかナケナシの2個くらいで必死に止まってた。


つーか、外れていくボタンの中で、
もしくは、うすれゆく意識の中で、

そういえば私、服の下に着てるのキャミじゃなくてシミーズ(婦人用
肌着)だったってことにそっと気づいて、

私もちょっと半狂乱になりました。



半狂乱になりましたが、


500メートル過ぎる頃には、私の服なんて、
彼女の手の中で跡形も無く もみくちゃになってまして、

シミーズがね、思いの外 自己主張をしてるかなって、
つーか、むしろシミーズを着て来たんじゃないかしらってくらいに
大活躍してまして、

脅かすためにワーって腕を高らかに上げて出てきたゾンビが、
最終的に「大丈夫?」みたいな思いやる手つきになってました。


ラストなんて、たくさんのゾンビたちが一斉に出てくるんですが、

出てきたゾンビが、私の脱げっぷりに全員躊躇してました。
ちょっと戻って行ったりするゾンビもいました。
何もしてないのに撃退してた。
ピストルいらず。


で、なんだかんだで外に光が見えたとき、
追っかけてくるゾンビを振り切りながら、

「助かったー!!」て叫び、彼女は渾身の力で外に飛び出しまして、

でも、おい、あたし!
お日様の下に照らされる格好してねぇー!

って、躊躇したのが、まずかった。


ゾンビもちょっと「あ」って言ってたからー!


入場待ちの長蛇の列が待つ中、出口から転がり出てきた
すっかり肌着一枚(ポロリもあるよ)の私に、

並んでる人たち、ちょっとざわついてました。

私もあわよくば、バージン失ったかしら?くらいの衝撃がありましたよ。



そんな私の、アレ?軽く乱暴された?くらいの装い対して、

恐怖病棟で一体何が?っつー波紋が広がる中、


「あー怖かったねー!」


って無邪気に笑いかけてきた彼女は、
変わり果ててた友人の姿に、


「あれ・・、加藤、そんな服だったっけ・・?」


みたいなちょっとしたコメントを発表してた。




帰り際、見ず知らずのゾンビたちに肌をさらして、
沈んでる私の横で、
彼女は晴れ晴れとした顔で、


「初めて会った時も、加藤沈んでたよねー!」


って、さぞ可笑しそうに笑ってた。


そうそう、おめぇはそういえば、水泳大会のあの時も、
2位に表彰されながら、私を見てゲラゲラ笑ってた。

んで、放課後に、その表彰状を、こっそりくれたんだっけ。(ホロリ)





あれから十ヶ月、失恋からも勝手にいい感じに方向転換してった彼女に、

お見事!第一子が誕生しましたー。



わー!おめでとー!って思って、


あれ・・十ヶ月って・・?


と思って、


逆算して、


もうね、猛烈電話した。



「はい、もしもし?」


「加藤だけど。
 つーか・・・おめぇ・・」


「あーごめん、富士急から帰った日にヨリ戻ってさ、
 つーかむしろちょっと燃えた」


これだよ。