ガラスの靴

とびきりいい靴を履くの。
いい靴を履いていると、その靴がいい所に連れてってくれる。

                 花より男子 藤堂静香



つーことは、だ。
あれだね。
いい靴を履いてないと、こういうことになるんだね。



改札で、ピってやったら、同時に右の靴底が取れた。


履くと痩せるんだぜ!ってサンダルだった。
10年履いてるけど、おめぇ、話・・違ぇ・・って思ってはいた。

したら、あいつ、10年の沈黙をやぶって、
急に今日、思いついたように形を変えてきたのね。

こうしたほうが、やせっから。みたいに。

で、ピの瞬間、ゴムサンダルの厚底になってた部分が、ロケットの切り離しみたいにキレイに取れたのね。

急なトランスフォーム。
事前相談なし。
suicaに新しい機能ついたかと思ったから。

あまりに自然に取れたので、軽く気付かず歩いたんだけど、
一気に負傷した兵隊みたいな歩き方になったんだよね。
斬新なダイエットウォーク。

で、こりゃなんかあったなー、って思って振り向いたら、

これが、

こう。

壊れてるぅー。


えーと、私の見間違いじゃなければ、改札に思いっきり靴底 落ちてんのね。

私も、今まで大抵のものは落としてきたけど、
切符とかなら、もう右に出るものはいないくらい落としてきたんですけど、

さすがに靴底を落としたのは初めて。
なんかもう2秒くらい見つめちゃったよ。

したら、まあ、私だけじゃなかった。
後ろから来たサラリーマン全員、凝視してた。
画家なら、スケッチでもとりだすんじゃないかってくらい見てた。
絵に描いたような靴底を。

いやー、富士の噴火が危ないとか言われてますけどね、
完全にこっちの顔面が先に噴火するかと思ったわー。

だってもう、あれはボロボロもいいところで、
31歳の女性が、落としていいような靴底じゃない。
飛脚かな?
飛脚のやつかな?
っていう、もうね千里をかけてきたような。

そんなんが、思いっきり改札に置き去りになってるわけで。

飛びついたよ。
ビーチフラッグくらいに。
飛びついて、拾って、何事もなかったようにサッとバッグに入れた。

全員が「何か見た」って顔してたけど、
もうね、誰の顔も見ませんよ、私は。


で、人々の視線をかいくぐって、人ごみにまぎれ、
角を曲がったところで、まあ、何もない感じで、あくまで自然な装いで、右足の裏がどうなっちゃったか見たよね。
おまえ・・大丈夫?って。


なんて言うかなー。
ギリ。
ここ一番の、中敷きの頑張りが凄かった。
中敷きが靴底の任務を果たしてた。
かろうじて、靴として成り立ってた。

靴底の心意気は十分わかった。
つーかね、別にダイエットのこととかで、おめぇを責める気、全然なかった。
身を削るのはもちろん私であって、絶対におめぇじゃないです。はい。
痩せますから。
明日から、私、痩せますから。


明らかに高さは変わったけど、右のサンダル(満身創痍)を、
必死になだめながら歩いた。

慎重に。慎重に。
もう、右足に爆弾でも抱えてるんじゃなかって。
大事に大事に。
「もう、右ひとりの身体じゃないんだからなー」なんつって。


で、駅出て横断歩道渡ってたら、ノーマークだった左が壊れたよね。満を持して。


え?そっちー?つって。


しかも、なんていうかな、右の靴底が取れたなんて事件は軽いお遊びだったんじゃないかなってくらい、思う存分、壊れたよね。

さっきまで、笑ってたのにー!ってくらい。壊れました。

これが。

こうです。はい。

左足だけ軽く斬鉄剣しといたからー。つってね。


森にいるんじゃないです。
交差点にいるんです。文明社会です。
普通に歩いてた一般女性が、突然の裸足て。

わー。つってた。
自転車こいでたおじさんが。わー、って。

もう、私は甲子園の土を泣きながら集める球児のように、
飛び散ったサンダルの残骸を集めてね、横断歩道を渡りました。

で、渡った先で、とりあえず裸足の左足に、残骸をそっと乗せて、
平気ぶったんですけどね。
履けてっから。
みたいな雰囲気を存分に出したんですけどね。

1ミリも履けてねーの。
乗っかってる感がすごい。
若干、風で なびいてるの靴が。

周りの好奇心もすごいわけです。
全然興味が薄れてないわけです。

その靴どうなっちゃってんのー?
見せて―、見せてー。
ってオーラがね、すごいわけです。無言の。

私も負けるわけにはいかないので、
全然用事ないのに、携帯いじったりしたんですけど。
株取引の電話してるフリしたんですけどね。

もう一歩も、歩けないわけです。
左足をちょっとでも上げようものなら、靴がチリヂリになっちゃいますから。

10分くらいかな。
街の人が行きかうのを見てました。

超、道のド真ん中にいたので、ちょっと押されたりもしたんですけど、
左足をコンパス上に、絶対動かずに、待ったよね。機を。

したら、一瞬だけ人通りが途絶えたわけ。


今っ!!!!


私は、お団子にしてた髪ゴムをほどいて、
それで、バラバラになった靴の残骸を、髪ゴムで足に留めるようにしたよね。

もうね、臨機応変がスゴイわけです。私の。
髪ゴム使うとか、いつ気付いたの―?って。自分を褒めたい。
これが、天空の診療所とかだったら、向井理か私にかってくらいの救護力。
サンダルレスキュー。

この応急処置で、無事歩けるわけです。
一見、サンダルも元通りっぽいわけです。

ただし、無理は禁物。
もうね、能かな?能なのかな?くらいの感じで歩いた。


で、まあ、誰にも靴が壊れてることに気がつかれることなく、
どうにか仕事場に着いて。
感動のあまり、近くにいた後輩に「ちょっと聞いてよ、この靴ひでぇのー」つったら。
「靴より、髪ですよ!」って言われて。

まあ、お団子を解放した髪型もね、割と、酷かったんだけど。軽い鏡獅子が、いたわけですけど。靴がね・・。靴がね・・。

靴どうこうより、鏡獅子で出勤しちゃったことが、病棟では軽くフューチャーされたんで、そっとサンダルは捨てて、仕事して、帰りは仕事用のナースシューズで帰ったよ、臨機応変に。


したら次の日、朝の申し送りで、感染委員から

「昨日、このボロボロの靴が無断で病棟のごみ箱に捨ててあったんですけど、
 誰のか知りませんか?」

つってね、ああ、なんかちょっと懐かしくもあるサンダルがね、
ビニールに入れられて、今まさに、さらされてるわけですが。

「ちょっと、先生たちも知らないー?!」つって聞きまわられてんですけど。
「うわ!汚ねぇ」って人垣ができてきてんですけど。

「一応、患者さんや患者さんの家族にも聞いてみてー」って大捜索が始まりそうなんですけど。

昨日話しかけた後輩が、切なそうな目で見てくるわけですが。


ねぇ、シンデレラ。

これが。

こうだもの。

確かにあの靴は、壊れやすいって点ではガラスの靴と言えなくもないし、
人垣が行列のようになって姫(つーか、犯人)を探すさまは、
まさにあの名場面の再来だと思うんだけど、

これ、名乗り出たら、私もお城で幸せに暮らせないかなー。