王様の耳

たとえば。
それは本当に些細なこと。
人差し指の、ささくれみたいなコト。

でもさ、もうスッッゲェわけ。
振られて(人に)降られて(雨に)振られて(コーラを)。

そんな日は、ただのささくれだって
ものすごくものすごく重大な不幸になったりするじゃん?

今まで我慢してきたけど、そのささくれの痛さに
メソメソしちゃうようなことってあるじゃん?

チリも積もれば。

ってわけで。

私にだって言っちゃいたい事がある!
給食袋の中とかに。



拝啓。
桃ヶ丘診療所の皆さん。
いかがお過ごしですか?
いかがお過ごしも何も、事実、今日の婦長のトイレの回数まで知っているわけで、今日もご一緒に働きましたけど。

えっと。

私がここ桃ヶ丘診療所で看護師としてすくすく育つことができているのは、皆さんの愛あってのものです!
本当にありがとうございます。

さてさて。

うちの診療所も社会のあおりをうけまして、もうめっきり高齢化。
そして老朽化。
日進月歩の社会に付いて行くのも必死。

最近インターネットでうちの診療所が肛門科でヒットするようになってしまったらしく、びっくりするほど来る患者来る患者、痔持ち。
この一週間で渋谷区の肛門は総ナメ。
しかもこの時期と言えば、もっぱら風邪が大流行。

うちの優秀なドクターは、喉を見ては手を洗い、ケツを見ては手を洗い、たまに手を洗うのを忘れています。
その率三割五分。

優秀です。

たまに風邪の患者さんの肛門を見ています。
有り得ません。

これくらい予断を許さない状況。

そんな現状に陥っても、インターネットに対して為す術のない、我が桃ヶ丘診療所肛門科(移行期)。
高齢化は止められません。

いいんです。
いいんです。
経験がものをいう世界でもあるんです。
いわばプロ集団。
業師たちの会合です。
烏合の衆です。
だから、学ぶべきものも多いんです。


納得がいかないのは昼!
お昼休み。

休みたいんです。
午前の疲れを取りたいんです。
もうね、息子の就職活動の話は勘弁して下さい婦長・・。
あんたの息子がいかに世話が焼けて、いかに部屋を汚して、いかに何にもしないかはよーっく解った。

それをふまえた上で、息子派だってば。
そんな話題に「親の気持ちを子供は全然理解してないのよねぇー」ってリターンできたらレベルえなり。
目指しません。

夫の腰痛もホント解った、桃山さん(看護師 55歳)。
もうお腹いっぱい。
一度もあったことのない桃山夫について、もう私は知りすぎてる。
背中のホクロの数まで知っちゃってる。

でも残念なお知らせ。
ときめきません。

そんな婦長たちの注目のお昼休みの議題は、もっぱら墓!

お墓。
自分のお墓をどうするか。どこの墓が安いか。

『加藤さんも早めに考えておかないと、すぐなんだから!』

生き急ぐなあ・・。


『今日はデザートがあるのぉー』
って喜ばせて、せんべい。

『飲み物買ってきたわよー!』
って緑茶ホット。
夏も。

往診の日。
暑い日は『これ被って行きなさい!』って親切なんだろうけど、麦わら帽子。
表参道を。

寒くなってきた最近は『これ着てきなさい!』ってジャンパー。
北の国からっぽいやつ。
異様に暖かいけど。

今はチョット肌見せっつーのが流行ファッションなわけだけど、診療所更衣室ではすげぇブーイング。
『そんなんじゃ風邪ひいちゃうわよ!』
『若い時から身体を冷やすと大変なんだから!』
『これ着てきなさい!』
って北の国からっぽいやつ。
異様に暖かいけど。


どうやら、婦長も桃山さんも事務長さんも先生も、みんなみんな私のことを娘みたいに可愛がってくれる。
ここには今や廃れてしまった人付き合いの愛があるっぽい。

煮物だって私のために煮てきてくれる。
『一人暮らしなんだから、これ持って帰りなさい』
私はビニール袋に入れられた煮物を持って帰る。
アフターファイブは煮物付き。
ショッピングも鰹ダシの香り。

たまにサンマとかもらう。
今日は合コン。

マミちゃんは財布にコンドームを忍ばせるスリル。
私はポシェットにサンマを忍ばせるスリル。
どっちも生臭い。

最近は彼氏がいないことがバレ、婦長の息子をとても薦められる。
あんだけ愚痴っといて?
うちの息子と一緒になる人は大変ねぇって20回くらい言ったのに?


ダイエットは断念せざる終えなかった。
『全然太ってないわよ!』
『ちゃんと食べなさい!』
『身体が資本よ加藤さん!』
『ぽっちゃりくらいが可愛いんだから』
口車に乗ってたら大台に乗った。

そんな私でも診療所では、もっぱら世間の若者代表選手。
若者のことなら加藤ハイネに聞けって感じ。
でもね。
今の女子高生のこととか全然わかんねぇの。
自分が女子高生の時ですら女子高生の話題に付いて行けなかったくらいなの。

でも何となく、普段同世代に、哀愁漂ってるとか、腰が重いとか、ウイスキーが似合おうとか、中尾と追い抜け追いこせだとか言われている私は、ちょっとイイ気になっている。

インターネットで若者のこと調べたりしてる。
結構詳しくなってる。

詳しくなって気づいたことが一つある。

私は、若者のこと調べているときより、婦長さんや桃山さんと話したり煮物押しつけられてるほうが、心地よかったってこと。



昨日、病院(本店)の総婦長に呼ばれて、
年明けに異動の話が出た。

話が出て気が付いたけど、
私はこの診療所と、この地域をすげぇ愛し始めているってこと。
桃ヶ丘診療所のみんなのことも煮物作って持たせてあげたいくらい愛おしい。

ショックすぎてまだ婦長にも言えてない。
それが今回の給食袋の中身です。