ナースステーションでカンファレンスをしていた。
癌の患者さんのオペをするか、それともこのまま看取るかについて、結構緊迫していた場面だった。
ドクターも婦長も患者本人も、みな、ピリピリして能面ヅラ。
そんな時、その患者の家族から病棟に電話があった。
ポジション的に私が一番電話に近かった。
「あの、今、丁度面談中ですので、私でよければお伝えしますが」
と、私は気を効かせて用件を尋ねると、とても丁寧な声で家族は
『ぼんぼりは提灯でした。とお伝え下さい。』
と言った。
「え」
思わず聞き返すと
『本人にお伝えすればわかりますからー』
と言って電話は切れた。
・・・ぼんぼりは提灯でした・・・。
ためしに紙に書いてみた。
書いてみた、が。
つ、伝えにきぃー!
全然、状況、察せねぇー!
これ、一か八かじゃね?
本人に言えばわかりますからって言ってたけど、これ伝えて本人に「は?」って顔されたら、かなり目も当てられなくね?
つーか、こんな癌だの何だのっつー話をしてる時に
「えーっと、伝言があって、ぼんぼりは提灯でした」
って伝えにきぃー!言い出しにきぃー!
そんだけ口火きっといて「は?」とか言われたら、私もう生きていけない。
「家族なんて?」
ドクターに聞かれ
「あ、あとで伝えます」
とかわし、じっと機会を伺う。
その間、私はもうぼんぼりの事しか考えられなくなっていた。
・・何かの暗号?
それとも本気で昨日あたり患者と家族の間で「ぼんぼりは提灯か否かについて」討論が起こったのか。
そんなことを考えてるうちにカンファは終わった。
私は早速指令を果たしに、患者さんの部屋に行った。
「あのー」
「あ、看護婦さん・・」
「あのー家族から伝言で・・」
「やっぱり癌だったなんて!」
わ・・・先越された・・・
「・・看護婦さん・・オペすれば本当に取りきれるんですかねぇ・・どうして私だけが・・癌なんかに」
とても、ぼんぼりは提灯だったとは言い出せない雰囲気。
私は患者を慰め、病室を出た。
慰めてる間に「大丈夫ですよー、ぼんぼりは提灯なんですよー」とか軽く挟み込みたかったけど、結局勇気が出なかった。
ぼんぼりが提灯であること、さっぱり伝えられなかった・・・。
その日の申し送り、一通り患者の病状を伝え終わったあと、
私は、さも涼しい顔で
「あ、あと患者さんのご家族から伝言があったんだけど、伝え忘れてしまって・・えーっと、ぼんぼりは提灯でしたとお伝え下さい」
「え・・?」(先輩ナース)
こうして場違いな「ぼんぼりは提灯でした」という伝言は、雰囲気的になかなか患者に伝えられないまま、3日間、ナースの申し送りを3周駆け抜けた。