失恋マニア

好きな人がいる。佐藤だ。


10年来の地元の友達にやましい気持ちを抱いて4年。
2回告って、2回振られた。
ついに最近、連絡が取れなくなってきた。

片思いというのは、定期的に連絡が取れなくなったら、
本当に為す術の無いことを知る。


む、無力だ。


往信がない分、もう勇気とかそういう問題ではなく、
この恋愛に関するイベントは全て出し切られた気さえ、している。



まぁ・・

実際、あたしは良くやった、と思う。

論外という状況下にありながら、なかなかの実績も残した。
悔いは、多分、無い。




(諦める?)




いや・・これしきで!!


藁をすがる気持ちで、なし崩しに、いや、だめ押しにもう一度送ったメールが、闇に吸い込まれ数分後、無言の帰宅をした。






あ、あ、あ、あ、あ、やばい。

足元がガラガラいう。
鼓舞する言葉を探して、私は脳内を駆ける、が。

あたしの「社交性」がタイスの瞑想と共にシャッターを閉めていく。

あたしの「忍耐力」が本日の営業終了のアナウンスをするウグイス嬢の声が聞こえる。

「明瞭さ」が「快活さ」が、めったに姿を見せない「志し」までもが、
矢継ぎ早に荷造りをして、トランクを抱えるように出て行ってしまった。


バタン、と音がして、

そして、ひとりきりになった。


しーん・・。



その瞬間。


私の毛穴という毛穴がぱたぱたぱたぱたぱたと扉を閉じて
脳のプラグが勢いよくブツッと、引き抜かれた。

すると、しゅんしゅんしゅんと体中のブレーカーが次々に落ち、瞳孔は砂嵐、口からはザーっという音。

そして私という甲骨体をマシンガーGのごとく目玉ん中で運転していた滅茶苦茶ちっちゃいオッサンが、
操縦席の真っ赤な脱出ボタンをなるほどザワールドの愛川欽也の如く叩き押した。

それにより、オッサンはウガーっと開いた口からベロをつたって外に飛び出すと、海原より若干でかめのベットでシーツを掴んでワンワン泣き出した。


そのオッサンの声が、案外高め。

(あ、それちょっと、いい。)


それちょっとおもしろい、と思った瞬間に、私が非常電源に切り替わった。

ポツポツと心臓あたりにランプみたいな明かりが灯っていく。

放送終了後の砂嵐になってた目が、死んだ魚の目ぐらいまで浮上する。


その微弱な電力を頼りに、
私はもうたまんない感じで、Tシャツの裾を引っ張ってみる。

「おーいピョン吉ー」言ってみる。

こんなとき、どうして私のTシャツにはピョン吉が付いてなんだろう。

こんなときピョン吉が
「ヒロシーくよくよすんなよー男らしくないぞー」
って言ってくれたら

「ヒロシって誰?」って思いながらも
「男だったためしなんて一度もねぇー!」
なんつってワーワーギャーギャー言うし。


Tシャツが程良く伸びたところで、今度は机の引き出しを開けてみる。

開けて閉めて開けて閉めて、やっぱいないなと確認したところで、も一度開けて、
「ドラエモーン」
て言ってみる。

こんなとき、どうして私の引き出しはタイムマシーンが付いてないんだろ。

こんなとき、おもいっきり情けない声で
「どらえもぉおぉん」って泣きつきたい。

「まったくノビタ君は仕方ないなあ」って言ってもらえたら、
とりあえず不思議な道具なんてちっともいらないのに。



そんなことをぼんやり考えているうちに、離散状態だった「平常心」や「ポジティブ」なんかがモジモジしながら帰ってきて、
私は「まー、入れば?」とかぶっきらぼうにドアを開けてやる。

それを見たオッサンは、もうちゃっかり運転席なんかに戻ってて、
粋な動作でブレーカーをガチャリと上げると、
グーなんて親指つったてながらニヤニヤしてる。



あーもう、だって好きなーんだもーん。



「世間体」や「社会性」や「合理主義」なんかも、いつの間にか憮然とした顔で戻ってきて、いつもの位置に座ってる。

最後に、「モラル」や「理想」なんかが大げさに溜め息をついて、しぶしぶ席についた。




私は、今日も、ありもしないものに縋りながら、必死に今を生きる。人を思ったりもしちゃう。


しちゃいながら、ゴロリと横になり、隙あらば願う。


あーあ、パーマンバッチが欲しい。
何ならウルトラマンに任命されたっていい。

正義の味方になりたい。
悪い敵から地球を守りたい。

両思いになれないなら、せめて地球を守りたい。

音信が取れなくなった今、地球を守ってるくらいしか、もう佐藤に愛情表現ができない。

地球を守りながら、そこに住む佐藤の生活を、ちゃっかり守っちゃいたい。

「あたしが地球を守ってるから、佐藤が幸せに生きれる」という言葉を、すこし省いて、
「あたしがいるから、佐藤が幸せ」と略して、

ニマニマしたりして。



ニマニマしながら、何度もぬいぐるみの鼻っ柱を押す。

そしたら、ぬいぐるみがパーマン人形のようにしゅるるって私になって、はっきりと言う。



「スキナヒト ガ イル。サトウ ダ。」



あー、だから、言っちゃ駄目だってば。
なんて赤面しながらも、どこか誇らしくもあったりして。


(うん、好きな人は、今も佐藤だ。)


ああ、そして今日も佐藤から連絡は無い。
地元からの飲み会の誘いも無い。
会えない日々が、月日となり、年月に長さを変えていく。

私は苦笑しつつ、何にも任命されない私のままで、とりあえず佐藤のために地球を守ってみる。
ゴミを分別してみたり、エアコンの温度を22度に設定したりして。